RESmedia【インタビュー】『受験を「自由の相互承認」から問い直す——序列ではなく、一人ひとりの自由を支える選抜へ』の掲載
RESmediaに、当法人の理事・苫野一徳へのインタビューが掲載されました。
『受験を「自由の相互承認」から問い直す——序列ではなく、一人ひとりの自由を支える選抜へ』というタイトルにて、「受験や入試のあり方は、それ自体だけで考えるものではなく、『そもそも教育とは何のためにあるのか』という上位の問いから見直されるべき」ことを、民主主義と公教育の根本原理である「自由の相互承認」をキーワードに強調する内容です。
下記は、当該記事からの一部引用です。
苫野 高校・大学あたりを中心に考えると、これまでの入試は、結局のところ「限られた座席をどう分配するか」という仕組みだったと思うんです。近代化の中で教育が立身出世の道具となり、社会の限られたポストに、どれだけ適切に人を割り振るか。そのために、学問体系を上から薄めていって、小学校から大学へとつながる一つの序列を作り、学力によって振り分けていく、という発想が強かったわけです。
でも、公教育の本質に立ち返るなら、話は変わります。すべての人の自由と自由の相互承認を実現するために、教育システムをどう再設計するか。その観点に立つなら、一人ひとりが、できるだけ自由になれるような進路選択ができる必要があります。しかも、今はかつてのような単線型の立身出世コースではありません。生き方そのものが多様化している。だからこそ、入試制度の基本路線は「序列化の伴わない多様化」であるべきだと、私は考えています。 —— 「序列化の伴わない多様化」というのは、どういうことでしょうか。
苫野 たとえば、体育大学に進む人と芸術大学に進む人を、同じ物差しで測って序列化するのは、そもそもおかしいわけです。そこに単純な上下関係はない。もちろん、いわゆる学力競争のルートを望む人がいるなら、それはあってよい。でも、それとは別に、芸術、スポーツ、教育など、さまざまな道があり、それぞれに固有の価値がある。そうした「そもそも一列に並べられない多様な進路」を、もっと制度の中で認めていく必要があると思います。
同記事内では、当法人のScTN質問紙やP-EBPについても言及されています。
苫野 P-EBPは、まさに「何のための入試か」「そもそも選抜はどうあるべきか」「そもそも選抜すること自体をよいといえるのか」といった、根本の目的や価値から考える発想です。
EBPMだと、たとえば「どういう授業をすれば共通テストに有効か」といった具合に、いま測っているものを前提に、その成果を上げる方法を探しがちです。でもP-EBPでは、「私たちが測ろうとしているもの自体が、本当に良い教育に資するものなのか」と問い直す。つまり、まず目的を置き、その目的に照らして、何をどう測るのがよいかを考える。そういう意味で、P-EBPは今後の入試のあり方そのものを含み込んで見直していく考え方だと思います。 —— それは学校現場では、どのように実践されているのでしょうか。
苫野 そのために作ったのがScTN質問紙です。ここでは、「自由」「自由の相互承認」、そして「一般福祉」という三大原理を置いています。一般福祉というのは、ある政策が一部の子どもだけでなく、すべての子どもの自由の促進につながっているかどうか、という教育政策の正当性の原理です。 —— この質問紙を実践している学校では、どのような変化が起きているのでしょうか。
苫野 個別の学校名は控えますが、かなりはっきりした変化が見えてきています。私は以前から、「学びの個別化・共同化・プロジェクト化の融合」が大切だと提唱してきました。まさに「自由」「自由の相互承認」「一般福祉」に資する学びのあり方です。これを実践すると、ScTN質問紙の結果が驚くほど高く出るんです。不登校の子どもがいなくなったり、自己受容感、他者受容感、自己効力感、集合的効力感などが、従来型の一律一斉授業の学校と比べても格段に高くなる。理論的にはそうなるはずだと言ってきましたが、この十年で実践校が増え、質問紙もできたことで、実際に実証できるようになってきました。
よろしければ、ご覧ください。
