P-EBPの概要
哲学原理とエビデンスに基づいた実践/政策(Philosophical principles and Evidence Based Practice / Policy)は、一般社団法人School Transformation Networking(ScTN)が提唱する、教育の実践/政策をより望ましく、より確かなものにするための考え方です。
P-EBPと略称するこの考え方は、従来のEBP(Evidence Based Practice)やEBPM(Evidence Based Policy Making)が抱えていた「ある教育の実践や政策について『効果があるかどうか』は示せても、『望ましいかどうか』には十分に答えられない」という課題を乗り超えるために体系化されています。
具体的には、P-EBPを、「公教育の本質と正当性の原理を底に敷き、そのような教育を可能にするための科学的エビデンスと学習者/教育者の状況を統合しながら実践/政策を行うこと」と定義しています。実践/政策の意思決定はもちろん、その根拠となるエビデンスの取得・活用に当たっても、「よい教育とは何か」という問いを常に底に敷く必要があることを明示するものです。
この考え方を用いることで、実践や政策の効果をエビデンスに基づいて判断できるだけでなく、そもそも教育として望ましいのかどうかを、哲学原理に基づいて問い合えるようになります。
また、エビデンスの範囲についても、授業中の行動観察や児童生徒どうしの会話、インタビューや面談の記録など、従来は扱いが難しかったデータの活用可能性が広がります。こうした質的データであっても、取得の手順や分析方法などを開示し、「確かめ可能性」を担保することでエビデンスになり得ることを、科学として満たすべき条件の観点から基礎づけているからです。
P-EBPの詳細
P-EBPは、近年、教育の現場で重視されているEBPや、その派生であるEBPMの重要性を認めつつも、いまだ残り続けている課題を踏まえて提唱した考え方です。
この課題は、「ある教育の実践/政策が『効果がある』ということと、それが教育として『望ましい』ということは、同じなのか」という問題意識に基づいています。結論から言えば、もちろん同じではありません。そして、この「望ましさ」に関する問いこそが、本来、教育学が引き受けるべき問いです。
ところが、教育学は、ポストモダン思想のもとで相対主義が広がったこともあり、望ましさの根拠をめぐる問いに真正面から向き合うことが難しかったという経緯がありました。
しかし、この課題に取り組むための哲学的基盤は、既に整っていると考えています。具体的には、公教育の本質と正当性の原理が論証され、さらにそれを基礎として、教育学研究を哲学・実証・実践の三部門から再編する教育学研究のメタ理論体系(下図)が提唱されているからです。
すなわち、公教育の本質は「各人の自由及び社会における自由の相互承認の実質化」に、その正当性の原理は「一般福祉(一般意志に基づく普遍福祉)」に定位できる。そして教育学は、このような公教育の本質と正当性の原理を解明する哲学的探究をまず底に敷き、その上で、そのような教育はいかに可能かを実証的・実践的に探究していくものである。
P-EBPは、これらを実際の実践/政策やその意思決定に接続するための考え方です。具体的には、メタ理論体系の三部門それぞれの知を哲学⇒実証⇒実践の順に接続することで体系化されており、「公教育の本質と正当性の原理を底に敷き、そのような教育を可能にするための科学的エビデンスと学習者/教育者の状況を統合しながら実践/政策を行うこと」と定義されています。
P-EBPによって、教育委員会(学校設置者)は、フィジカルデータやポリジェニックスコアといった取得自体に賛否のあるデータの取扱いについて政策的な判断を迫られたとしても、その協議を、教育効果の観点だけでなく、教育的な望ましさの観点からも行うことができるようになります。望ましさの判断基準の大元になる「そもそも公教育は何のためにあり、どうあれば『よい』のか」ということを、哲学部門がその考え方にまで遡って論証しているからです。
また、先生方や学校管理職は、EBPやEBPMでは軽視されがちだった直感や経験則についても、学習指導や生徒指導をはじめとした実践を根拠づけたり、批判的に吟味したりするためのエビデンスとして扱うことができます。いわゆる現場知(質的データ)も、手順や条件、データや分析方法を開示して確かめ可能性を担保できればエビデンスになり得ることを、実証部門の知が基礎づけているからです。
なお、当法人が提供・管理する「ScTN質問紙(主体的・対話的で深い学びのための意識・実態調査質問紙)」は、P-EBPの考え方を具体化するためのツールとして開発されています。言い換えれば、哲学原理からエビデンス、さらに実践/政策までを一貫させるための量的データの取得・活用について、教育的に望ましい在り方の一例を示したものです。
参考文献 ・【公教育の本質・正当性の原理】苫野 一徳(2011).どのような教育が「よい」教育か 講談社 ・【教育学研究のメタ理論体系】苫野 一徳(2022).学問としての教育学 日本評論社